まとめ買い 育毛剤 りこたん私たち、戻って来ています。 りこたんライフ!!

りこたんライフ!!

2005年8月15日生まれの“りこたん”はダウン症児。2回の大手術を乗り越え合併症(心房・心室中核欠損、十二指腸狭窄)も克服し元気いっぱい。 “りこたん”の成長記録を写真日記で公開します。

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りこたん私たち、戻って来ています。

先週金曜日、私たちのことを空の上から見守るために父が旅立ちました。
その見送りに行ってきました。
私たちは土曜日に到着し入院先の病院からおうちのお布団に戻って来た父に会いました。
いろんな方のお葬式やお通夜に出ましたが、父ほど今にも起きそうな微笑んでいるような顔をしているのは見たことがありません。
妹がほんとうに眠るように逝ったというのが一目で分かりました。
土曜日の晩は孫たち(7人)私たち娘たち3人が交代で父に付き添い、香やろうそくを絶やさないで、最後の会話をずっとずっとしていました。
私は朝の3時頃から6時までの3時間一緒にいてそのときに、喪主を勤める母の代わりに喪主挨拶をすることになって母の代読ではなく、父の娘、長女としてエピソードを交えたメッセージ的な文章を、父の枕元で作りました。
覚悟していたことと言っても、まだまだ大丈夫って思っていたので今回の訃報はやっぱりなかなか信じられなくて、父の姿を見てもそれでも信じられなくて、頭をなでたりほっぺをなでたりすると普通にお顔の皮膚が動くのでやっぱり、大きなあくびをしながら起き出しそうで、何度も何度も起きて来そうな父を眺めては何十年かの軌跡を振り返りました。

日曜日は午後一番での火葬で・・・
大きな大きな牡丹雪がすごい勢いで降る中、出棺でした。

私の田舎の風習で、お通夜もお葬式も祭壇にお骨を置いて、なんです。
葬儀後、そのまま埋葬なんです。
だから、お別れを言う時間はたった一晩です。
それでも私たちが駆けつけるまでって、1日延ばしてもらってたんです。

父、末期の癌でしたが、ちっとも痩せないでぷくってしていたし、1年農作業休んでしまったから色白でほんとうにお顔も手も足も秋田美人のように白くって、いらして下さる方みんなにとっても褒められてました。

お骨になって妹の抱っこでおうちに戻り、それからはお通夜の席の準備でそれはそれは・・・ばたばたで
本当は母の隣に座って、弔問客に挨拶する役目を頼まれてましたが、埼玉から来た妹にそれを頼み、私と秋田の妹とでお通夜の席の準備とか料理とか接客とかしました。
調理場には、叔母、いとこが手伝いに入り、受付や案内には孫や叔父、そして、近所の方々が代わる代わるに率先してやって下さいました。
いろんなこと、電話し忘れたり、確認し忘れたりで、もう、忘れた忘れたで正直大変でした。
でもそれは無理もありません。
母のことも妹のことも責められません。
やれる範囲で私、手伝って来ました。

月曜日は葬儀で、雪は少しだけ降っていますが、吹雪ではありません。
でも昨夜降った雪が寒さで凍って、道はツルツル、本当に寒さが厳しい日でした。
午前中お寺での葬儀、そして、初七日、年末であったので年をまたがないでということで(たぶん遠方からきている私達家族を気遣って)四十九日もお寺さんで全部執り行って頂きました。
父や母のことは末妹が同居しみていてくれていたので、私は、妹にいろんなことをやって欲しかったけど、気を遣われ、長女としての私を立ててくれたんだね。
弔辞は我が家のチョウジョが読みました。
私は、喪主挨拶は娘3人で交互に読もうと提案しましたが、結局、私一人でやってと願うように頼まれてしまったので、喪主の母の隣に喪主挨拶の時は一緒に並んでと頼んで、そうしました。

葬儀後はお食事会を地元の老舗の旅館でしました。

母は家族葬でって言ってましたが、家族葬は家族葬でもりっぱなりっぱな葬儀を私達きょうだい(姉妹)で出すことが出来ました。

この数日、ほとんど、りこたんはチョウジョとジジョといとこたちと過ごし、そして面倒もみてもらいました。
母の私は、今回、りこたんとゆっくり過ごす時間が持てませんでしたが、それはそれで別の意味でりこたんにとっていろんな刺激があって良かったように思います。
また、叔父と叔母が、りこたんのことをとてもとても褒めてくれて、りこたんを授かった私のことをすっごいことなんだよ、素晴らしいことなんだと言ってくれて、こそばゆいくらい嬉しくなりました。

私の田舎の身内にはなんらかの病気だったり障がいだったりをもったりする人がいます。また、心身障がい者の施設の先生を夫婦でやっている叔父叔母もいれば、特別養護老人ホーム(正式名称分かり次第直しますね)の介護士やっているいとこもいます。
だからなのか、りこたんは何をやっても、すごい子だすごい子だって褒められて、将来が楽しみだって言ってもらえてみんなにとってももてはやされてホント不思議な気持ちになりました。
そういう姿をみて、ダウン症のりこたんとダウン症の娘を持つ私のことをとっても理解してくれて、そんな身内ばっかりで嬉しくなりました。
もっともっと田舎にも帰る機会を作ろうって、親戚のみんなともちゃんと交流しようって思って、そして帰ってきました。

父の葬儀と今住んでいるマンションのベランダと室内工事が重なって、行く前と帰ってきてからばたばたでパソコンやる暇無くって、年内中にりこたんライフ!!のコメント返しだけでもきっちりやりたかったんですが、明日から仕事復帰、30日まで勤務なので、来年明けてからにまたがったらごめんなさい。
約束はかならず時間をかけてでも果たします。

なんらかの形で、私を気遣い、りこたんを気遣ってくださった皆様、この場を借りてお礼を申し上げます。

父の教えをずっと守ってこれからもファンタジア家がんばります。
これからもずっと末永く、りこたんの生活を見守ってくださいね。


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(東京に戻る日、ジジョ、りこたん、チョウジョがおじいちゃんに手を合わせる姿)

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(実家の前、背にしてるお宅はご近所で、実家ではありません。雪と遊ぶりこたん)
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COMMENT

お帰りなさいませ。

お父さまのご冥福を心からお祈りするとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。
突然のことで、大変おつらいでしょうが、お力落としされませんように。

お忙しくされている時に、ご連絡するのはご迷惑になるかと思い、控えておりました。

年末年始と寒さが増す時期が訪れるますので、ご自愛下さいませ。

| ぽんまま | 2011/12/27 12:53 | URL | ≫ EDIT

お疲れさまでした
コチラに戻って来るの、淋しかった事でしょう

お忙しい毎日になるのでしょうが、お父様を胸に
くれぐれも無理はなさらず頑張って下さい

私は5月に父を亡くしましたが、時間が経てば立つ程、、、
という感覚に襲われています
周りの人にそう気遣っていただいていたのですが、ホントだなぁって
だからファンタジアさんも無理せず、そんな時はお嬢さん達を
ギュ~って抱きしめてくださいね☆

最後になりましたが、お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます

| あり | 2011/12/27 13:59 | URL | ≫ EDIT

Re: タイトルなし

ぽんままちゃんへ♪

いつも心強い応援のtwiをありがとうございます。
父のことではブログへのコメントまで頂戴し、とても嬉しかったです。
辛かったし、力も心もみんな落ちちゃったけれど、家族みんなで最善のことをして最高の見送りが出来たので悔いはありません。
元気なうち意識のあるうちに、りこたんを含めて子供たちを何度か連れて逢いに行けたのも本当に良かったって思っています。
みなさん、遠慮してご連絡を控えてくれちゃって、逆にさみしかったです(・_・、)

年末年始、そして、年度末年度始をなんとか乗り切りました。
一番忙しかった年度だったかもしれません。
だから、これからはすこしスローライフにしてしっかりとした生き方にしていきたいと思っています。

父が見守っているからだと思えることばかりが続いています。
だから亡くなった気がしないんです。
私たち、大丈夫な感じです。
これからも見守ってくださいね。

ぽんままちゃんも産後の一番忙しい時期ですから、寝られる時寝て無理しないで手を抜けるときは抜いて、頑張りすぎないでがんばってください。応援しています。(^^)

> お帰りなさいませ。
>
> お父さまのご冥福を心からお祈りするとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。
> 突然のことで、大変おつらいでしょうが、お力落としされませんように。
>
> お忙しくされている時に、ご連絡するのはご迷惑になるかと思い、控えておりました。
>
> 年末年始と寒さが増す時期が訪れるますので、ご自愛下さいませ。

| りこたんママ | 2012/04/15 06:51 | URL |

Re: タイトルなし

ありちゃんへ♪

ありちゃんも私と同じ年にお父様を亡くされたのですね。。
コメントを見るまで存じ上げないでいましたので申し訳なかったです・
おっしゃられるとおり時間が経てば経つほど、寂しさも増してしまい、未だに父の写真に「とうさん、なんで死んでしまったの?」とか「本当に死んでしまったの?」とかつい言ってしまっています。
こんな言い方したら、キョウダイに怒られちゃいますが、ずっと私のことを一番に気にかけてくれてたし、ずっと一緒にも暮らしていたし(父と母はその間別居)・・・孫である特にうちのジジョは赤ちゃんの頃からずっと私が仕事に行っている間、お世話をしてくれてたので本当に目に入れても痛くないほどかわいがりようでしたから、どんだけの思いで亡くなったんだろうって思うし。。。

でも、最後の意識有るうちの面会の時、みんなと握手して「がんばれよー、おれもがんばる」って言ってくれたときのこと、ずっとそのシーンが心に残ってて、父さんがいつも見守ってくれてるんだって思えてなりません。
だから、淋しくなくなりました。
悩んだときは父さんだったらどうしただろうって、最近はそういう考えにもなっています。

りこたんは寝る前に「おじいおやすみ」って手を合わせるし、学校行くときは「おじいいってきます」って言って手を合わせてから出発します。
本当にいい子に育ちました。

時間の経過はいろんな意味で私たち親子を育ててくれます。
父を亡くした淋しさを亡くなったから逆にそばに来て見守ってくれているんだって思い直しています。
これからもずっと見守ってくださいね。

本当にありがとう。

> お疲れさまでした
> コチラに戻って来るの、淋しかった事でしょう
>
> お忙しい毎日になるのでしょうが、お父様を胸に
> くれぐれも無理はなさらず頑張って下さい
>
> 私は5月に父を亡くしましたが、時間が経てば立つ程、、、
> という感覚に襲われています
> 周りの人にそう気遣っていただいていたのですが、ホントだなぁって
> だからファンタジアさんも無理せず、そんな時はお嬢さん達を
> ギュ~って抱きしめてくださいね☆
>
> 最後になりましたが、お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます

| りこたんママ | 2012/04/15 07:04 | URL |















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