まとめ買い 育毛剤 先月の母と子の孤立死・・・に思うこと。 りこたんライフ!!

りこたんライフ!!

2005年8月15日生まれの“りこたん”はダウン症児。2回の大手術を乗り越え合併症(心房・心室中核欠損、十二指腸狭窄)も克服し元気いっぱい。 “りこたん”の成長記録を写真日記で公開します。

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先月の母と子の孤立死・・・に思うこと。

私、先月の東京都立川市であった、40代の母子世帯の母親がくも膜下出血で急死してしまい、知的な障がいがあった4歳の男の子は助けを呼べずに衰弱死した事件、ずっと心に重く残っていて、親も子もかわいそうでしんどくてこのことをどうにかしなくてはって思っています。

私は結婚するまえに実は長いことシングルマザーを経験しています。
簡単に言ってしまえば、結婚しなかったけど子どもを産み育てた母親でした。
昨年、ちょっと自分の歴史を振り返る機会があってこのブログにもちょっとだけ書いたことがありましたが、長いこと事業をしていてそして子育てをしていたので働き過ぎから病気になり病気が引き金で精神的な障がいを持ち働けなくなり何年も寝たきりの生活をしていました。(りこたんライフ!!「子の反抗に思う」)
私はそのとき精神障害者手帳2級を持っていました。
保育園に娘を(当時はジジョが年小時)送っていくこともなかなか出来ず、ご飯の支度もなかなか出来ず、洗濯も出来ても干せず、自転車に乗れば必ず転ぶ・・・と言うような感じで、役所に相談に行くなんて本当に怖くて出来なかった時期があります。
でも、助けを求めなければ子ども達がまだ幼くてどうにもならずどうにも出来ず、当時、精神福祉士とかソーシャルワーカーさんと呼ばれる担当の方にとにかく電話を入れたりして相談してました。
今でもその方の優しさ、手配の早さ、そのときのお世話になった時のいろいろのことは、言わば家族全員の命の恩人に感じ、一生忘れられない方です。
私は精神福祉士の手配によって社会福祉協会のヘルパーさんが週2回来てもらっていてくれたお陰で、意識不明で倒れていたのを発見されて救急車で搬送されたから、救急車が病院に到着時には心肺停止になってしまっていたけど、ぎりぎり蘇生で息を吹き返すことが出来たのです。
ヘルパーさんがもし来なかったら、一緒に泣き疲れて寝ていたジジョは三歳。
健常児であっても助けを呼びに家の外に出てなかったし、小学校の2年生だったチョウジョは泣きながら朝ご飯も食べずに学校に登校し、でも私の異変を先生には伝えてなかったのです。
ヘルパーさんが来なかったら、子ども達はきっと児童相談所行きになり私はきっと亡くなっていたでしょう。

私は命が助かったことがものすごいきっかけになり、退院後は社会復帰を目指して壮絶なって言って良いくらいの戦いをしました。
精神的な病気に併発して婦人科の病気も持っていたし、今より20㌔近く痩せていてのものすごい貧血症で病院にもいろいろ通いました。

以前、事業がうまくいっていてたくさんの納税出来ていたときは保育園料も最高額をおさめていたのでいろんな意味でたくさんの援助もありました。
でも働けなくなり、手帳を持つ身になり、母子世帯ということで役所の窓口もそれはものすごい扱いをされているように感じるそうな対応も受けました。
子どもがいなければ、私、絶対にあんな想いをしたくなくって相談になんか行かずにもしかしたら死を迎え入れていたかもしれません。
辛くてもしんどくても子ども達をどうにかしなくてはって思えたから、精神福祉士や社会福祉協会のお世話になることが出来たんだと思います。

私の周りにも、病気を持って、または精神障がいを持っている母子家庭のお母さんのお友達が何人かいます。
なかにははやり発達障がいを持ったお子さんをお持ちの方もいます。

今回の事件(孤立死)は身につまされました。

せめて私のように、リアルで話をする人がいなければ、ネットやどこかに吐き出すのでも必ず聞いてくれる人、心配してくれる人、そして異変に気がついて連絡を入れてくれる人が出てくると思います。

押しつけではなく、本当に心配してくれて本当に一緒に考えてくれて、っていう担当者に巡り会えるかもしれません。

私は、今の地に越してきて、小学校や中学校の先生とか教育委員会での方、児童相談所の担当者、女性課(母子家庭の担当の課)、障がいの課、保育園、育成室、チョウジョの高校の担任、今のジジョの学校の担任、思い起こせばみんなみんな人柄のいい方ばかりで恵まれていました。
つくづく私は生きている、んではなく、生かして頂いている、そんな想いになってしまうほどいろんな方のお世話でがんばれています。

悩んで悩んで入れることを決めたりこたんの入学先の特別支援学校の小学部の校長はじめ先生方、コーディネーターの方みんな優しくて、私たち障がい児を持った親の悩みをそっくり受け止めてくれて何よりも子ども達をめちゃめちゃかわいがってくれて褒めてくれて優しく対応してくれて、今は良かったぁって思っています。

立川の親子、どうにかして知り合いになってあげたかったです。
私は死にかけた親なので、その死と直面したあとの助かった時の思いは生きていることの感謝、子ども達を児相に送らず自分で育てることが出来る安心感や責任感が守られたあのときの思いは絶対忘れられません。

事業ばっかりで普通のお母さん達が普通に出来る公園デビューも出来ないで母親達の集まりになじめないでいたこんな私が今は行政に相談に行き働きながら援助も得て、子育て出来ています。

行政が悪いって思ってばかりではなく、相談は勇気でありなによりも子どものためだと思います。
たまに運悪く嫌な感じの担当者に当たる場合もあります。
でもあの方達も毎日の対応で心が病気になりそうなのを乗り越えながらやっているからきっと良い日もあれば悪い日もあっての繰り返しでもしかしたらたまたま運悪く機嫌悪い日に当たってしまったのかもしれません。

そんな場合は、担当者の上司にあたる方に○○○という対応をされましたと正直に伝えればいいんですよ。
普通は謝ってきますよ。
また、土地にかならず民生委員さんという相談に乗って下さるおばさんがいます。
市・区役所などに行けば、相談窓口の電話番号が書かれたパンフレットやポスターがあります。
警察にもあります。
児童相談所にもあります。

私もこうやって生きてきました。
恥もかいたこともあります。怒られたこともあります。
でも、子どもを産んだときのあの感動の日を思い起こして下さい。
どうにかして一生懸命育てていこうって決心されたはず。
それを思い起こせれば、相談に行くことは苦になりません。
きっときっと誰かが救ってくれます。
その手はずを指導していただけます。

いろんな母子世帯はこの世にいっぱいあると思います。
でも、母子世帯であっても幸せになる権利は母子だろうと普通に両親揃った世帯だろうと同じくあるはずです。
卑下しないで胸張って生きていきましょう。
必ず、守ってもらえますから・・・



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| 親の思い。 | 02:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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